静岡地方裁判所 平成3年(行ウ)8号 判決 1993年11月05日
静岡県伊東市十足六一六番地の二三七
原告
猪狩礼子
右訴訟代理人弁護士
池田眞規
静岡県熱海市春日町一-一
被告
熱海税務署長 中山実好
右指定代理人
矢吹雄太郎
同
時田敏彦
同
田村利郎
同
奥谷悟
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告の昭和六三年分所得税について平成二年五月二日付けでした更正のうち分離課税の長期譲渡所得金額二億九六二二万七四六一円、納付すべき税額四二三八万四五〇〇円を越える部分及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の昭和六三年分所得税につき、原告が被告に対してした確定申告、被告がした更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、右確定申告を「本件申告」と、右更正を「本件更正」と、右過少申告加算税賦課決定を「本件賦課決定」といい、本件更正及び本件賦課決定を併せて「本件各処分」という。)並びに本件各処分に対して原告がした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は別表記載のとおりである。
2 本件更正は原告の昭和六三年分の所得を過大に認定してなされたものであるから違法であり、本件更正を前提とする本件賦課決定も違法である。
よって原告は、本件更正のうち分離課税の長期譲渡所得金額二億九六二二万七四六一円、納付すべき税額四二三八万四五〇〇円を超える部分及び本件賦課決定の取消しを求める。
二 請求原因に対する否認
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の主張は争う。
三 抗弁
1 長期譲渡所得金額及び納付すべき税額
原告の昭和六三年分所得税に係る所得は、分離課税の長期譲渡所得のみであり、長期譲渡所得金額及び納付すべき税額の算出の根拠は次のとおりである。
(一) 長期譲渡所得金額
(1) 譲渡収入金額 五億六二二五万円
原告並びにその夫である猪狩守(以下、「守」という。)及び原告と守との間の二男である猪狩浩二(以下、「浩二」という。)は、昭和六三年二月二六日付で、原告と守との共有に係る別紙物件目録一記載の土地(共有持分各二分の一。以下この土地を「本件一土地」という。)、原告の所有する同目録二記載の土地(以下「本件二土地」という。)、浩二の所有する同目録三記載の土地(以下「本件三土地」という。)並びに原告、守及び浩二の共有に係る同目録四記載の建物(共有持分は原告が二分の一、守が六分の一、浩二が三分の一。以後この建物を「本件四建物」といい、本件一土地、本件二土地、本件三土地及び本件四建物を総称して「本件資産」という。)を、若宮満佐子及び若宮孝一に対し、代金総額一一億二四五〇万円で売り渡した(以下「本件売買契約」という。)
本件一土地、本件二土地及び本件三土地は、本件売買契約のころまで原告が居住の用に供していた本件四建物の敷地であり、また、本件一土地はもと原告と守との間の長男である猪狩浩(以下「浩」という。)が所有し、本件四建物はもと原告、及び浩二が持分各三分の一の割合で共有していたものであったが、浩が昭和六二年一〇月一三日に死亡したため、その相続人である原告及び守が各二分の一の相続分の割合により本件一土地及び本件四建物の浩の共有持分権を相続取得したものであり(以下、原告が右相続取得の結果有するに至ったものも含め、本件売買契約によって譲渡した本件二土地、本件一土地の二分の一の共有持分権と本件四建物の二分の一の共有持分権とを併せて「原告各資産」という。)、原告の原告各資産についての租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条三項所定の所有期間は一〇年を超えるものであった。
本件一土地、本件二土地及び本件三土地の各価額はいずれも同額と見ることができるから、本件売買契約による原告の譲渡収入金額は、本件資産の代金総額一一億二四五〇万円の二分の一に当たる五億六二二五万円である。
(2) 取得費の額 四五六九万四四三〇円
本件申告による本件四建物の共有持分二分の一に係る取得費の額一八五〇万七二九五円と、本件資産の代金総額一一億二四五〇万円の二分の一に当たる五億六二二五万円から本件申告による本件四建物の共有持分二分の一に係る譲渡代金額一八五〇万七二九五円を控除した五億四三七四万二七〇五円に、措置法三一条の五(平成三年法律第一六号による改正前のもの)に準じて一〇〇分の五を乗じて得た本件一土地の共有持分二分の一取得費の額二七一八万七一三五円との合計額である。
(3) 譲渡費用の額 一七〇六万七五〇〇円
本件申告による原告各資産に係る仲介手数料及び印紙代の合計額である。
(4) 特別控除額 三〇〇〇万円
措置法三五条一項(平成五年法律第一〇号による改正前のもの)による特別控除額である。
(5) 長期譲渡所得金額 四億六九四八万八〇七〇円
右(1)の譲渡収入金額から右(2)ないし(4)の各金額を差し引いた金額である。
(二) 納付すべき税額
(1) 所得控除額(基礎控除額) 三三万円
(2) 課税長期譲渡所得金額 四億六九一五万八〇〇〇円
右(一)の(5)の長期譲渡所得金額から右(1)の所得控除額を差し引いた金額(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数切捨て)である。
(3) 納付すべき税額 六八三七万三七〇〇円
措置法三一条の四(平成三年法律第一六号による改正前のもの)、三一条(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの)に従って、四〇〇万円と、右(2)の課税長期譲渡所得金額四億六九一五万八〇〇〇円から四〇〇〇万円を控除した残額四億二九一五万八〇〇〇円に一〇〇分の一五を乗じて得た六四三七万三七〇〇円とを合計した額である。
2 本件各処分の適法性
(一) 本件更正について
右1のとおり、原告の昭和六三年分所得税に係る長期譲渡所得金額は四億六九四八万八〇七〇円、納付すべき税額は六八三七万三七〇〇円であるところ、本件更正による長期譲渡所得金額及び納付すべき税額はいずれもこれと同額であるから、本件更正は適法である。
(二) 本件賦課決定について
本件更正により原告が新たに納付すべき税額は二五九八万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)であるから、同法六五条一項に従い、右税額に一〇〇分の一〇の割合を乗じて得た二五九万八〇〇〇円の過少申告加算税を賦課した本件賦課決定は適法である。
四 抗弁に対する認否
1(一)(1) 抗弁1の(一)の(1)ないし(4)の各事実は認める。
(2) 同(5)は争う。
(二)(1) 同(二)の(1)の事実は認める。
(2) 同(2)及び(3)は争う。
2 同2は争う。
五 原告の主張
1 原告、守及び浩二が本件売買契約によって本件資産を譲渡するに至った経緯は次のとおりである。
(一) 浩は、昭和六二年九月三〇日、千代田ファクター株式会社(以下「千代田ファクター」という。)から三億七〇〇〇万円を借り入れたが、その際、原告及び守は、それぞれ右消費者貸借契約に基づく浩の千代田ファクターに対する債務(以下「本件借入金債務」という。)につき連帯保証する旨を千代田ファクターに約し(以下、右各連帯保証契約に基づき原告の負担する連帯保証債務を「原告の保証債務」と、守の負担する連帯保証債務を「守の保証債務」という。)また、原告は本件二土地につき、浩は本件一土地につき、さらに右二名及び浩二は本件四建物の各三分の一の共有持分権につき、それぞれ本件借入金債務を担保するため千代田ファクターに対し抵当権を設定した。
(二) その後、昭和六二年一〇月一三日に浩が死亡したことにより、原告及び守は、それぞれ二分の一の割合の相続分により浩の権利義務を相続した。
(三) 守は、昭和六二年一二月一四日、守の保証債務を履行するため、株式会社住宅流通センター(以下「住宅流通センター」という。)から、五億五〇〇〇万円を借り入れたが、その際、原告及び浩二は、右消費貸借契約に基づく守の住宅流通センターに対する債務につき連帯保証する旨を住宅流通センターに約し、また、原告は原告各資産につき、守は浩から相続取得した本件一土地の二分の一の共有持分権及び本件四建物の六分の一の共有持分権(以下、守の右各共有持分権を「守各資産」という。)につき、浩二は本件三土地及び本件四建物の三分の一の共有持分権につき、それぞれ右消費貸借契約に基づく守の住宅流通センターに対する債務を担保するため住宅流通センターに対し抵当権を設定した。
(四) 守は、昭和六二年一二月一五日、千代田ファクターに対し、右(三)の借入金の内から、守の保証債務の履行として、本件借入金債務の残債務額に相当する三億六四七五万九一七九円を弁済した。
(五) その後、原告、守及び浩二は、昭和六三年二月二六日付けの本件売買契約を締結し、守は、昭和六三年五月二七日、本件売買契約の売買代金の内から住宅流通センターに対する右(三)の借入金債務を弁済した。
2(一) 右1のとおり、守は、住宅流通センターからの借入金の内から千代田ファクターに対する守の保証債務三億六四七五万九一七九円の弁済をしたものであるが、その約三カ月後に原告、守及び浩二は、住宅流通センターに対する右借入金を弁済するため、若宮満佐子及び若宮孝一に対し本件資産を譲渡したものである。したがって、守が守の保証債務を履行するために、守各資産を譲渡したものであって、右譲渡が所得税法六四条二項所定の保証債務を履行するための資産の譲渡に該当することは明らかである。
他方、原告は守が守の保証債務履行のため住宅流通センターから金員の借入をするに当たり、原告各資産に抵当権を設定した上、右借入金の弁済のために原告各資産を譲渡したものであるが、原告の保証債務の履行に当たる現実の出捐をしてはいない。しかしながら、以下のとおり、守のした千代田ファクターに対する守の保証債務三億六四七五万九一七九円の弁済は、その二分の一に相当する一億八二三七万九五八九円については原告の保証債務の履行とみるべきであり、原告のした原告各資産の譲渡は、同項所定の保証債務を履行するための資産の譲渡に該当すると解すべきである。
(1) 複数の連帯保証人のうちの一人が債権者から連帯保証債務全額の弁済を求められた場合、請求を受けた連帯保証人はこれを全額弁済する義務があり、その弁済がなされた場合には、他の連帯保証人はその負担部分に応じた求償債務を負うことになるから、法的には、他の連帯保証人においても、その保証債務を同時に弁済したのと同じ効果を生ずるものというべきである。
(2) 所得税基本通達(昭和四五年七月一日直審(所)三〇号国税庁長官通達、ただし、昭和六三年三月三一日改正後のもの)六四-四は、所得税法六四条二項所定の「保証債務の履行」の意義につき、民法四四六条所定の保証人又は四五四条所定の連帯保証人の債務の履行があった場合のほか、連帯債務者の債務の履行があり、その債務の履行の伴う求償権を生ずることとなるときも、右保証債務の履行に該当するものとしている。
(3) 原告は、共同連帯保証人である守が守の保証債務の履行(本件借入金債務の残債務額全額の弁済)をしたことにより、守に対し、その弁済額のうち原告の負担部分二分の一に相当する一億八二三七万九五八九円の求償権を負担したことになるから、原告の保証債務についても弁償したのと同様の効果が生ずるとともに、所得税基本通達六四-四の連帯債務者の債務の履行があり、その債務の履行に伴う求償権を生ずることとなるときに該当する。のみならず、原告は、守の保証債務履行のため守が住宅流通センターから金員の借入をするに当たり、原告各資産に抵当権を設定した上、右借入金弁済のため原告各資産を譲渡したのであるから、守の保証債務の履行は、実質的には、原告の負担部分に相当する額については、原告の保証債務の履行に当たるものというべきである。
(二) そうすると、原告は、守とともに、主たる債務者である浩に対して、それぞれ守の履行に係る額の二分の一に当たる一億八二三七万九五八九円の求償権を取得したことになると解すべきところ、主たる債務者である浩は既に死亡し、その相続財産は少なくとも三億円近くの債務超過状態であったから、原告と守とは、それぞれ右の保証債務の履行に伴う求償権の全部を行使することができないこととなったのであり、したがって、所得税法六四条二項及び同条一項により、原告の長期譲渡所得金額の計算上、抗弁1の(一)の(1)の譲渡収入金額のうち右の行使することができないこととなった求償権の額一億八二三七万九五八九円に対応する所得金額はなかったものとみなされることになる。
3(一) なお、被告は、千代田ファクターに対する弁済したのが守であり、原告は出捐していないから、原告のした原告各資産の譲渡について所得税法六四条二項の適用の余地がないと主張するが、守のした弁済に係る弁済額の二分の一に相当する一億八二三七万九五八九円については原告の保証債務の履行とみるべきであることは右2の(一)のとおりである。
(二) また、被告は、原告が浩を相続したことにより主たる債務者としての地位と連帯保証人としての地位が同一人に帰属するため、原告の連帯保証人としての地位はその存在意義を失って消滅するものであるから、原告は、主たる債務者として千代田ファクターに対する弁済をしたものであり、したがって、所得税法六四条二項の適用の余地がないと主張する。
しかしながらも、そもそも、保証人が主たる債務者を相続して、保証人としての地位と主たる債務者としての地位が同一人に帰属したからといって、保証人としての地位が消滅するとする実定法上の根拠はないし、また、債権者にとっても、その与り得ない偶然の事由により保証債権が消滅して、その選択の余地が狭められることを余儀なくされる理由はないから、被告の右主張は当を得ないものである。
また、所得税法六四条二項の立法趣旨は、自己の利益にならない資産譲渡に係る所得に対し、利益を得ることを目的とする資産譲渡との場合と同じく課税することが不公平であることから、前者の場合にはその所得に対する課税を行わないとしたことにあるところ、本件のように、保証人がたまたま主たる債務者の地位を相続した場合においても、立法趣旨とするところの本来の保証人としての利益状況は同じであるから、同項を適用すべき場合であることは明らかである。
六 原告の主張に対する被告の認否及び反論
1(一) 原告の主張1の(一)及び(二)の各事実は認める。
(二) 同(三)のうち、守が住宅流通センターから五億五〇〇〇万円を借り入れたのが守の保証債務を弁済するためであることは否認し、その余の事実は認める。
(三) 同(四)のうち、昭和六二年一二月一五日に千代田ファクターに対して、住宅流通センターからの借入金の内から本件借入金債務の残債務額に相当する三億六四七五万九一七九円の弁済がされた事実は認めるが、右の弁済が守単独でされたこと及び守の保証債務の履行としてなされたことは否認する。
本件売買契約による本件資産の譲渡代金のうち守各資産に係る譲渡収入金額に相当する部分は一億八七四一万六六六六円、その譲渡費用の額に相当する部分は五六六万九一六六円であるところ、右譲渡収入金額から右譲渡費用の額を差し引いた金額で、住宅流通センターからの借入金を介した本件借入金債務の残債務額全額の弁済をすることはできないから、右の弁済は原告とともにされたものというべきであるし、また、後記のとおり、原告及び守がそれぞれ浩から二分の一宛て相続した主たる債務である本件借入金債務の弁済として行ったものである。
(四) 同(五)の事実は認める。
2 同2及び3の原告の主張は争う。
3(一) 千代田ファクターに対する本件借入金債務の残債務額全額に相当する三億六四七五万九一七九円を弁済したのが守であり、原告は出捐していないとの原告の主張を前提とする限り、そもそも原告のした原告各資産の譲渡について所得税法六四条二項の適用の余地が全くないことは明らかである。
(二) 右1の(三)のとおり、守のした右の千代田ファクターに対する弁済が原告とともになされたものであること及び原告は住宅流通センターからの借入金を介して実質的に原告各資産を譲渡して千代田ファクターに対する弁済をしたものと認め得ることから、原告の主張を、原告が右千代田ファクターに対する弁済のために原告各資産を譲渡したとする趣旨であるものと善解しても、以下のとおり、右の原告各資産の譲渡につき所得税法六四条二項が適用されるものではない。
(1) 浩の死亡に伴う相続の結果、原告と守とは、主たる債務である本件借入金債務をその二分の一宛て相続したのであるから、原告と守との連帯保証人としての地位のうち、それぞれ主たる債務者としての地位と重複する本件借入金債務の二分の一に係る部分は、その存在意義を失って消滅し、原告と守とは、いずれも本件借入金債務の二分の一について主たる債務者としての地位を、残余の二分の一について連帯保証人としての地位を有するに至ったことになる。
したがって、原告と守とによってされた千代田ファクターに対する本件借入金債務の残債務額全額の弁済は、両者が、それぞれその主たる債務者としての地位に基づいて、本件借入金債務の二分の一ずつについてなしたものと解され、原告がその弁済のため原告各資産を譲渡したとしても、右譲渡について所得税法六四条二項を適用する余地は全くない。
(2) もっとも、抗弁1の(一)のとおり、本件売買契約による原告の譲渡収入金額は五億六二二五万円、その譲渡費用の額は一七〇六万七五〇〇円であって、右譲渡収入金額から右譲渡費用の額を差し引いた五億四五一八万二五〇〇円により原告が相続した本件借入金債務の残債務額三億六四七五万九一七五円の二分の一である一億八二三七万九五八九円を弁済しても、なお相当の剰余が生ずるのに対し、右1の(三)のとおり、本件売買契約による守各資産の譲渡に係る譲渡収入金額に相当する額は一億八七四一万六六六六円、その譲渡費用の額に相当する額は五六八万九一六六円であって、右譲渡収入金額から右譲渡費用の額を差し引いた一億八一七二万七五〇〇円により守が相続した本件借入金債務の残債務額三億六四七五万九一七九円の二分の一である一億八二三七案九五八九円を弁済するためには六五万二〇八九円不足するから、原告は、千代田ファクターに対する本件借入金債務の残債務額を弁済するに当たって、右不足額六五万二〇八九円につき保証債務を履行したものであって、守に対する求償権を取得したと解する余地がある。
しかしながら、守に対する右求償権を行使することができないことに該当する事実は何ら存在しないから、右金額についても、所得税法六四条二項を適用することはできない。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する
理由
一 請求原因1の事実並びに抗弁1の(一)の(1)ないし(4)及び同(二)の(1)の各事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、原告各資産の譲渡は原告の保証債務一億八二三七万九五八九円を履行するためにしたものであり、かつ、その履行に伴う求償権の全部を行使することができないこととなったものであるとして、所得税法六四条二項及び同条一項により、原告の長期譲渡所得金額の計算上、抗弁1の(一)の(1)の譲渡収入金額のうち右一億八二三七万九五八九円に対応する所得金額の全額がなかったものとみなされる旨主張するので、以下、この主張について検討する。
1 原告の主張1の(一)及び(二)の各事実、同(三)のうち、守が住宅流通センターから五億五〇〇〇万円を借り入れたのが守の債務保証を弁済するためであるとする部分を除くその余の事実、同(四)のうち、昭和六二年一二月一五日に千代田ファクターに対して、住宅流通センターからの借入金の内から本件借入金債務の残債務額に相当する三億六四七五万九一七九円の弁済がされた事実並びに同(五)の事実は当事者間に争いがない。
2 ところで、原告は、右事実関係の下で、住宅流通センターからの借入金の内からした千代田ファクターに対する弁済は、守が守の保証債務三億六四七五万九一七九円の履行としてしたものであって、原告は、原告の保証債務の履行に当たる現実の出捐をしてはいないとしながら、守のした千代田ファクターに対する守の保証債務の弁済は、その二分の一に相当する一億八二三七万九五八九円については原告の保証債務の履行とみるべきであって、原告のした原告各資産の譲渡は、所得税法六四条二項所定の保証債務を履行するための資産の譲渡に該当すると解すべきである旨主張する。
しかしながら、所得税法六四条二項の趣旨は、保証人が、たとえ将来保証債務の履行をすることになったとしても、求償権を行使することによって最終的な経済的負担は免れ得るとの予期のもとに保証契約を締結したにもかかわらず、一方では、保証債務の履行を余儀なくされたために資産を譲渡し、他方では、求償権行使の相手方の無資力その他の理由により、予期に反してこれを行使することができないというような事態に立ち至った場合に、その資産の譲渡に係る所得に対する課税を求償権が行使できなくなった限度で差し控えようとするものであると解される。
そうだとすれば、同項が適用されるためには、資産を譲渡したものがその譲渡収入金額の内から保証債務の履行のための現実の出捐を行ったことを必要とすることは明らかである。
原告は、複数の連帯保証人のうちの一人が連帯保証債務全額の弁済をした場合に、他の連帯保証人はその負担部分に応じた求償権を負うことになるから、法的には、他の連帯保証人においても、その保証債務を同時に弁済したのと同じ効果を生ずるものである旨主張するが、単に求償権を負担したのみで、その履行をしていない段階においては、当該連帯保証人は、連帯保証契約に基づく求償権を取得するに至ってはいないから、所得税法六四条二項の適用の前提を欠くものというべきである。
また、原告は、所得税基本通達六四-四が、連帯債務者の債務の履行があり、その債務の履行に伴う求償権を生ずることとなるときも、所得税法六四条二項所定の「保証債務の履行」に該当するものとしていることからして、守が守の保証債務の履行をし、原告がその履行額の二分の一について求償債務を負担したことにより、原告について同項所定の保証債務の履行があったとも主張するが、右所得税基本通達の規定の趣旨は、連帯債務者のうちの一人が本来の負担部分を超えて連帯債務の履行をした場合においては、連帯債務者間においても、主たる債務者と保証人との関係と同様に、その各自の負担部分を超えた部分について求償権行使の問題が生じるのであるから、連帯債務者間であっても同項の適用の余地があることを注意的に明らかにしたものであって、複数の連帯保証人のうちの一人が保証債務を履行し、他の連帯保証人に対して求償権を取得した場合に、他の連帯保証人がその連帯保証債務を履行したと同じ法的効果が生ずる旨を定めたものとは到底解しようがなく、原告の右主張も失当である。
原告は、さらに、守の保証債務履行のため守が住宅流通センターから金員の借入をするに当たり、原告は原告各資産に抵当権を設定した上、右借入金弁済のために原告各資産を譲渡したのであるから、守の保証債務の履行は、実質的には、原告の負担部分に相当する額については、原告の保証債務の履行に当たるものとも主張する。しかし、右主張が、あくまでも千代田ファクターに対する弁済は、守が守の保証債務の履行としてこれを行ったものであることを前提とするものであるとすれば、守の借入金の弁済のために、原告が原告各資産を譲渡してその譲渡代金の内から弁済資金の出捐をしたことに伴い、原告と守との間に消費貸借契約、贈与等当該出捐に係る何らかの法的関係が形成されたはずであり、原告の出捐は、その法律関係に基づくものであって、原告の保証債務の履行そのものではなく、したがってその出捐に関して求償権が成立することもあり得ないことになるから、やはり、所得税法六四条二項の適用の前提を欠くことには変りがないというべきである。したがって、千代田ファクターに対する弁済は、守が守の保証債務の履行としてこれを行ったものであり、原告は原告の保証債務の履行に当たる現実の出捐をしてはいないとの原告主張を前提とする限り、原告のした原告各資産の譲渡につき所得税法六四条二項の適用があると解すべき余地はなく、原告の右主張は主張自体失当である。
3(一) 他方、被告は、右1の事実関係の下で、住宅流通センターからの借入金を介した本件借入金債務の残債務額の弁済は、守が原告とともにしたものであると主張する。そこで、以下、仮に右事実が存在するものとして、原告のした原告各資産の譲渡につき所得税法六四条二項の適用があるかどうかについて検討する。
(二) 右1の争いのない事実によれば、原告と守とは、それぞれ二分の一の割合の相続分により本件借入金債務を含む浩の権利義務を相続したのであるから、本件借入金債務の各二分の一宛てについて主たる債務者としての地位を有するに至ったことは明らかであり、したがって、右各主たる債務者としての地位と原告及び守がそれぞれ右相続前から有していた原告の保証債務及び守の保証債務に係る連帯保証人としての地位とが同一人に帰属することになるが、だからといって、原告と守との連帯保証人としての地位のうち、それぞれ主たる債務者としての地位と重複することとなった本件借入金債務の二分の一に係る部分が当然に消滅すると解すべき明確な実定法上の根拠はないから、原告及び守は、それぞれ、従前のとおり本件借入金債務の全額に相当する額の連帯保証債務を負うとともに、右連帯保証債務と重複して本件借入金債務の二分の一に当たる部分につき主たる債務を負うこととなるに至ったものと解するのが相当である。この点に関する被告の主張は採用し得ない。
(三) しかしながら、右1の争いのない事実及び右(一)の仮定の下で、右(二)の法律関係により、原告の主張を、原告が守とともに住宅流通センターからの借入金の内から千代田ファクターに対する原告の保証債務及び守の保証債務を各自の負担部分である二分の一に当たる一億八二三七万九五八九円宛て弁済し、右住宅流通センターに対する借入金を弁済するため、原告が原告各資産を、守が守各資産をそれぞれ譲渡したとするものであると解したとしても、以下のとおり、右原告各資産の譲渡につき所得税法六四条二項の適用があると解することはできない。
すなわち、所得税法六四条二項の趣旨は右2のとおりであって、これによれば、保証債務の履行をするために資産の譲渡をした場合であっても、弁済のほか、相殺、混同など弁済と同視すべき事由によって求償権が消滅したときには、求償権を行使することができない場合に当たらないから、同項の適用がないことも明らかである。
しかるところ、原告が原告の保証債務の履行として、本件借入金債務のうち原告の負担部分である二分の一相当額を千代田ファクターに弁済したとすれば、原告は主たる債務者に対して右弁済額全部につき求償権を取得することになるところ、原告の保証債務に係る主たる債務に当たる本件借入金債務は、その債務者である浩の死亡に伴い、相続により原告及び守に各二分の一の割合で承継されたのであるから、原告の主たる債務者に対する求償権は結局自己を債務者とする債権として成立することとなり、混同によって直ちに消滅するものである。したがって、求償権を行使することができない場合には当たらないから、所得税法六四条二項の適用がないことは明らかである。なお、この場合に、原告の主たる債務者に対する求償権が浩の相続人としての原告及び守に対しそれぞれ二分の一宛て(本件借入金債務全体の四分の一宛て)成立すると解したとしても、守が守の保証債務の履行として本件借入金債務のうちの二分の一相当額を弁済したことにより、浩の相続人としての原告及び守に対しそれぞれ二分の一宛ての求償権を取得することは、原告についてと全く同様であるから、原告の守に対する同額の求償権は、守の原告に対する同額の求償権と直ちに相殺することが可能であって、これについて求償権を行使することができないということもあり得ず、したがって、所得税法六四条二項の適用がないことには変わりがない。
原告は、主たる債務者である浩の相続財産が少なくとも三億円近くの債務超過状態であったから、原告は保証債務の履行に伴う求償権の全部を行使することができないこととなったと主張するが、浩の死亡により原告及び守が浩を相続した以上、本件借入金債務は浩の死亡時に原告及び守に承継されて同人らの債務となるのであり(民法八九六条)、したがって主たる債務者に対する求償権も同人らに対する債権として成立するのであって、浩の相続財産に対する債権として成立するものではないから、浩の相続財産がどれほどの債務超過であろうとも、そのこと自体によって原告が保証債務の履行に伴う求償権を行使することができなくなったとする右主張が失当であることは極めて明白である。
なお、原告は、保証人がたまたま主たる債務者の地位を相続した場合においても、所得税法六四条二項の立法趣旨とするところの本来の保証人としての利益状況は同じであるから同項を適用すべき場合であることは明らかであると主張するが、民法上、保証人が主たる債務者の地位を相続すれば、主たる債務者としての地位に基づく責任を負担するに至り、相続前から有していた固有の資産を含めた保証人の一般財産がその引当となることは当然の事理であるから、私法上の法律関係及びその変動に基づいて課税物件を構成する譲渡所得税の課税関係において、同じように所有の資産を譲渡して保証債務の履行をした場合であっても、主たる債務者としての地位を有するがために、そうでない場合と異なる取扱いを受けることはやむを得ないというべきであり、また、かかる取扱いを受けることを避けたいとするのであれば、相続の放棄をして債務者としての地位を承継しないとすることも可能であったのであるから、そのような方途を選択しなかった以上、そのことによる不利益を取り上げて、これに対する不満を述べるにすぎないような右主張は全く理由がないというべきである。
4 以上によれば、所得税法六四条二項及び同条一項により、原告の長期譲渡所得金額の計算上、抗弁1の(一)の(1)の譲渡収入金額のうち行使することができないこととなった求償権の額一億八二三七万九五八九円に対応する所得金額はなかったものとみなされることになる旨の原告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
三 そこで、本件各処分の適否につき検討するに、右一の争いのない事実によれば、原告の昭和六三年分所得税に係る長期譲渡所得金額は抗弁1の(一)の(5)のとおり四億六九四八万八〇七〇円であること、その課税長期譲渡所得金額は同(二)の(2)のとおり四億六九一五万八〇〇〇円であって、納付すべき税額は同(3)のとおり六八三七万三七〇〇円となることがそれぞれ認められるから、長期譲渡所得金額及び納付すべき税額をこれと同じくする本件更正は適法である。また、本件更正により原告が新たに納付すべき税額は二五九八万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)であるから、同法六五条一項に従い、右税額に一〇〇分の一〇の割合を乗じて得た二五九万八〇〇〇円の過少申告加算税を賦課した本件賦課決定も適法である。
四 よって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 荒川昂 裁判官 石原直樹 裁判官 森崎英二)
(別表)
課税経過一覧表
<省略>
(別紙)
物件目録
一 所在 東京都品川区小山七丁目
地番 五〇八番の五
地目 宅地
地積 一九〇・〇七平方メートル
二 所在 東京都品川区小山七丁目
地番 五〇八番一八
地目 宅地
地積 一九〇・〇八平方メートル
三 所在 東京都品川区小山七丁目
地番 五〇八番一九
地目 宅地
地積 一九〇・〇八平方メートル
四 所在 東京都品川区小山七丁目五〇八番地五
家屋番号 五〇八番五の一
種類 居宅
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根三階建
床面積 一階 一二五・八二平方メートル
二階 一一七・一二平方メートル
三階 一一・三七平方メートル